働き方の多様性がより認められやすくなった昨今、個人事業主として会社から独立した働き方を考えている人も多いはずです。しかし個人事業主は会社が守ってくれる立場ではなく、すべてを一人で運営していかなければなりません。
ひとまず失敗なく個人事業主としてスタートするために、個人事業主として会社から独立する際にどのような準備が必要なのか、またやるべきことを知りたいという人は多いでしょう。
そこで本記事では、個人事業主とは何か、また個人事業主になるためにやるべきこと、なった後にやらなければならないことを解説します。
個人事業主としてスタートするための手続きは、個々で見れば難しくありませんが、手続きの数が多く、やや煩雑です。ポイントをしっかりと押さえて失敗のない開業にしましょう。
個人事業主とは
個人事業主とは、会社などの法人を設立せずに事業を営んでいる個人のことです。ここでいう個人とは法人と対になる概念で、法人ではない個々の人を個人とみなします。
一定の規模で組織化されることの多い法人とは対照的に、個人事業主は本人のみ、または本人と家族のみなど、小規模で事業が行われることが一般的です。
また個人事業主には、個人事業主と名乗るための厳密な要件はなく、個人が独立性をもって、反復性かつ継続性のある事業を営んでいる場合には、個人事業主であるといえます。
ただし税制上は事業の実情にあわせて適切な手続きが必要です。前述のように個人事業主として事業所得を得る場合には、税務署への開業届の提出が必要です。
個人事業主と他の働き方との違い
自分で事業を起こす場合、必ずしも個人事業主が最適なわけではありません。法人を設立するという選択肢もあり、事業の規模や内容によっては、法人としてスタートした方が望ましい場合もあります。
また個人事業主と似た言葉として、フリーランスや自営業があります。個人事業主として独立する前に、これらとの違いについて理解しておくべきでしょう。ここでは個人事業主と他との働き方の違いについて詳しく解説します。
フリーランスとの違い
個人事業主とフリーランスには大きな違いはありません。労働者として見た場合には、どちらも個人で仕事を請け負って収入を得る立場であり、実質的には同じ働き方をするものです。
フリーランスという言葉は、とくにそのような「働き方」にフォーカスした言葉であり、サラリーマンとの対比で使われることの多い言葉です。会社と雇用契約を結ばず、案件単位で仕事を請けて収入を得ることを表現する場合に使われます。
一方の個人事業主は、端的にいえば「税法上の区分」を示す言葉です。直接的に働き方のスタンスやスタイルを表すものではないため、フリーランスと同じ意味合いでは使うのには適しません。
また個人事業主は収入が税務上で事業所得として処理されるため、事業の開始にあたっては、税務署に開業届を提出する必要があります。
つまりフリーランスと個人事業主は同じ立場の事業者を「働き方」と「税法上の区分」からそれぞれ表現した言葉であり、この2つは同時に成り立つものです。対比させるものではないという点については正確な理解が必要でしょう。
自営業との違い
自営業も正確な定義がある言葉ではなく、多くの場合は自称として使われることの多い言葉です。その個人が会社に属さずに、自分で事業を営んでいることを示すもので、この場合は個人事業主であるか、法人の経営者であるかは問われないケースがほとんどです。
これは個人商店のように、個人経営や家族経営の法人も多く存在するためで、形態としては法人であるものの、事業規模や実務上は個人事業主とほとんど変わらないためです。
法人との違い
個人が法人を設立する場合、事業の主体は法人となり、自身はその経営者という立場になります。法人と聞くと組織化された事業集団をイメージしますが、必ずしも従業員がいるわけではありません。
いわゆる「一人親方」のような経営者一人だけの法人も多く存在し、この場合は経営者である自身が実務を兼ねることになるため、実態的な労働としては個人事業主と大きくは変わりません。
ただし法人化をした場合は適用される法律が変わります。会社法などの適用を受けるため、法人ゆえの制約が増える点には注意が必要です。
たとえば自身が設立者であり経営者であっても、自身はその法人から給与を受ける立場となります。会社の収入と自身の給与は会計上で別のものとして処理されるため、個人事業主のように事業で得た収入を自由に家計にあてることはできません。
また法人は設立のために登記や定款などが必要で、資本金や設立のための費用がかかります。開業届を出せばよい個人事業主とは異なり、設立のための手続きも煩雑で期間もかかります。
その一方で、法人は個人事業主と比べて社会的信用度が高いのが特徴です。これは税制上で一定規模の事業収入が発生した場合は、節税効果を高めるために法人化することが一般的です。
法人は一定規模以上のビジネスを行っていることが伺えるため、社会的信用は一気に高くなります。具体的には、銀行からの融資が受けやすいなどの特徴があります。
個人事業主の開業前やることリスト
ここではこれから個人事業主として開業する人が、無事に開業までたどり着くためにやるべきことについて解説していきます。
リスト形式で順番に紹介していくので、手続きを進める際に活用してください。
会社の就業規則の確認
現在サラリーマンとして会社に勤めている場合は、まず副業として事業をスタートすることを検討してみましょう。
個人事業主として事業を始める場合、会社を退職しなければならないと思いがちですが必ずしもそうではありません。個人事業主という立場を副業で開始することもできるため、まずは副業としてスタートすることで、独立して生計を立てていけるのか感触をつかむこともできるでしょう。
ただし注意しておきたいのが会社の就業規則です。会社によっては副業を禁止していることもあるため、会社に届け出ずに副業を行うと、後でトラブルに発展してしまうことがあります。まずは会社の就業規則を確認してみましょう。
また副業として事業を開始した場合、得た所得は原則的に確定申告が必要です。副業所得が年間で20万円以上の場合は、税務署に確定申告をする必要があり、得た所得分の所得税や住民税を務めている会社分とは別に支払わなければなりません。
とくに住民税の所得割分は副業分の所得と通算して決定されるため、会社に黙って副業を開始した場合にバレるきっかけとなることがあります。
補助金や助成金の確認
開業にあたって必要になるのが資金です。そこでチェックしておきたいのが、国や各自治体が中小の事業者向けに行っている補助金や助成金の制度です。とくに創業者や小規模事業者向けに設けられたものは、個人事業主でも申請が通りやすいため、開業後の資金繰りの手段として確認しておきたいところです。
ただし、助成金については厚労省の管轄となり、申請にあたっての諸条件があるため、事前に条件を確認するようにしましょう。補助金や助成金は、開業後に申請できる制度ですが、どういった制度が設けられているのかをあらかじめチェックしておけば、いざという時も安心です。
許認可の申請
事業によっては許認可制度や届出制度が設けられている場合があります。この場合は事業の開始前に、所管の窓口に許認可申請や営業の届け出を提出する必要があります。
たとえば飲食店や食品販売などの場合は、保健所への許可申請や届出が必要です。また古本屋やリサイクルショップなどは古物商に該当するため、警察署へ営業許可の申請を行う必要があります。
申請先、届出先の窓口は事業の内容によって異なります。また必要な要件もそれぞれ異なるため、事業の開始前に確認し、必要とされる手続きを済ませておきましょう。
住宅ローンやクレジットカードの申し込み
住宅の購入を計画している場合、住宅ローンを組む人が大半かと思います。住宅ローンの借り入れを考えている場合は、個人事業主として独立する前に申し込みましょう。
個人事業主はサラリーマンと比べて収入が安定せず、また返済能力を証明しづらいため、住宅ローンの融資を受けにくいのが実情です。住宅ローンは返済期間が長期になることから、安定的な返済能力を見るために、直近3年間の確定申告の内容をもとに判断されるとわれています。
とくに独立したての頃は収入面でも不安定になりがちなので、住宅ローンを組むタイミングには注意が必要です。
同様にクレジットカードも審査が通りにくくなるとわれています。こちらも返済能力の証明が難しいことからきており、順序を間違えるとクレジットカードが作れないということにもつながりかねません。
しかしその一方で、個人事業主の場合は事業用のクレジットカードを持つことがすすめられています。これは帳簿の仕訳を行ううえで、事業専用のクレジットカードを持っておいた方が、処理が簡単になるためです。
個人用のものと兼用すること自体が禁止されているわけではありませんが、先に事業用のクレジットカードを作成しておく方が後々困りません。
資金の確保
個人事業主として仕事を受ける場合に注意しておきたいのが、請け負った案件の代金はすぐに現金化されるわけではないという点です。当月請け負った仕事は1か月分をまとめて月末に請求することも多く、取引先から支払われる日はさらに先になります。
このような売掛金と呼ばれる状態が当たり前に発生する一方で、経費や生活費の支払いを毎月行っていかなければなりません。とくに経費が多くかかる事業の場合は、一定の余剰資金を多めに用意しておく必要があります。
またこのような運転資金以外にも、事業の開始直後はさまざまな初期費用が発生します。店舗運営や在庫を抱えるような事業などの場合には、スタート時に大きな資金が出ていくことも少なくありません。かかる資金を正確に計算し、先の運転資金とあわせて必要な金額をあらかじめ用意しておく必要があります。
開業届の提出
個人事業主として開業する場合には、開業届を税務署に提出する必要があります。開業届は事業を開始後1か月以内に提出することが定められています。
独立直後はなかなか収入が安定しないことも多く、事業に集中したいという個人事業主も多いかと思いますが、まずは届出として提出しておきましょう。
開業届は提出が促されている一方で、1か月の期限を過ぎた後に提出した場合や提出自体をしなかった場合でも、罰則などが課されることなどはありません。ただし開業届を出さないことで、さまざまな面でデメリットが生じる点には注意が必要です。
たとえば開業届を提出しないことによって、下記に挙げた事項について不利益が生じます。
・青色申告特別控除が適用されない
・屋号での銀行口座の開設ができない
・事業用のクレジットカード作成時に提出を求められる場合がある
・小規模企業共済に加入できない
・補助金や助成金の申請ができない
とくに青色申告は確定申告時の所得控除額が大きく、個人事業主として事業を継続する場合は必ず利用したい制度です。
税申告時に青色申告を利用する場合は開業届とあわせて青色申告承認申請書を提出することが一般的で、申請書の審査には数週間程度かかります。確定申告時に申請しても間に合わない場合があるので、開業届などとあわせて事業開始時に申請しておきましょう。
青色申告承認申請書の提出
青色申告とは、定められた方法で帳簿を記録しそれを保存することで、青色申告特別控除を適用できる制度のことです。最大で65万円と通常の白色申告よりも控除額が大きく、節税効果が高いのがポイントです。また家族への給与を経費にできる、青色専従者控除なども利用できます。
青色申告で確定申告を行う場合は、青色申告承認申請書の提出が必要です。青色申告承認申請書を提出するためには、開業届の提出が必要です。通常は開業届とともにあわせて税務署へ提出しますが、青色申告承認申請書の審査には日数がかかります。
開業届を提出していない場合は、早めに提出しましょう。
その他の届け出
ここまで挙げた以外にも、届け出が必要なものがいくつかあります。代表的なものが健康保険と国民年金です。
たとえば会社を退社した場合、それまでの社会保険の任意継続を選択するか、国民健康保険などへの切り替えが必要になります。また各業界団体が設立する健康保険組合などへの加入も選択肢のひとつです。
いずれにせよ、社会保険に関する手続きは必要になるため、退職時の手続きとあわせて行う必要があります。
また年金も同様で、これまで加入していた厚生年金をやめ、国民年金のみへの加入へと切り替わります。国民年金に対して上積みされていた厚生年金がなくなることから将来の年金受給額が低くなるため、任意で国民年金基金へ加入したりiDeCoを活用したりするなどの検討が必要になるでしょう。
個人事業主の開業後やることリスト
ここからは個人事業主が開業後にやっておくべきことについて、リスト形式で解説していきます。
国民健康保険への加入
会社を退職して個人事業主を始める場合は、会社で加入していた社会保険から国民健康保険へ切り替えを行う必要があります。これまで加入していた社会保険を「任意継続」というかたちで最長2年間継続することも可能ですが、この場合は会社が支払ってくれていた半額分を自腹で支払うことになります。
国民年金への加入
年金の切り替えを行います。会社に勤めていた場合は、これまで加入していた厚生年金から国民年金へと加入し直すことになります。
公的年金の2階建部分に相当する厚生年金から抜けたことで、将来の受給額は下がります。国民年金基金やiDeCoなどへの加入も検討しておきましょう。
確定申告の準備
個人事業主になると、毎年2月16日から3月15日までの間に前年分の収益について確定申告が必要になります。
とくに青色申告では複式簿記での記帳や電子帳簿の保存などが必要になるため、早めに準備に取りかかっておくと安心です。必要に応じて会計ソフトなどを導入するとよいでしょう。
事業用銀行口座の開設
事業用の専用口座を開設します。既存のプライベート用の口座との兼用にすると、入出金の管理と記帳が非常に面倒になります。専用口座を事前に準備しておきましょう。
まとめ
個人事業主としてキャリアをスタートするためには、さまざまな手続きが必要です。これまでは会社がやってくれていた事務手続きも、独立したらすべて自分の手で行わなければなりません。事業に集中するためにも、しっかりと手続きを終わらせておくことが大切です。
また個人事業主として事業を立てる場合に必要となるのが、事業資金です。事業をスタートさせるための準備資金に加えて回転資金なども必要になるため、黒字経営が軌道に乗るまでは非常に資金がかかります。
すべてを自己資金でまかなえることは稀なので、資金の不足に悩んでいる場合は融資を検討するのがもっとも効率的です。特に創業時には、融資の方法は多くあれど実質的に受けられるのは、日本政策金融公庫からの「創業融資」か信用保証協会付融資となる民間金融機関かの方法が選択肢にあがります。
資金調達サービス会社では、個人事業主に向けた融資コンサルティングを行っているところもあります。成功報酬で対応してくれる会社を選べば、開業時の負担にもなりにくいでしょう。創業融資でお悩みの場合には、融資のプロである資金調達サービス会社に相談し、適切なアドバイスを受けることをおすすめします。
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株式会社ファイナンスアイ(経済産業省M&A支援機関登録済)
代表取締役 田中 琢朗(たなか たくろう)
大手の金融機関・上場企業の財務部門責任者などを歴任し、2014年にファイナンスアイを創業。業界歴30年・創業10年のベテラン。中小企業・個人事業主・起業家と一緒に、現場で泥臭く汗をかいて靴をすり減らして財務を軸に経営者を支援し続け、のべ10,000人以上の圧倒的な実戦経験を持つ。ノウハウを「ファイナンスアイ式メソッド」として確立。中小にはびこる悪質なM&Aの被害をなくすために、M&A支援も本格化。売手・買手のいずれの立場からも真のM&Aを提供。現在も毎月150件以上の新規相談に対応し、毎週セミナーも開催中。日本経済のために今日も邁進しています。